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競歩の情報、私のうんちく話を書いてます
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先代ブログを引き継いであまり知られてなさそうな競歩の情報を私のうんちく話を交えて書いていきます。
適度に更新していきます。何日更新されなくても怒らないでください。。。

内容は私個人の見解を書いています。

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2018/08/16(Thu) 08:59:50
 開始が遅れましたが、世界の競歩事情を調査してみようということで
日本以外の各国の競歩史や現在の様子を書いてみたいとおもいます。

順番としてロシア、スペイン、イタリア、メキシコ、中国を取り上げようとおもいます。

 第1回はロシアです。

 ロシアといえば、競歩に限らず、陸上各種目や体操、水泳、
最近は自転車競技でも強豪国として
昨年のヴェルタ・エスパーニャで総合優勝を果たすなど、
陸上以外の競技でも世界を牽引する国といえます。

 ロシアを語る上で旧ソビエト連邦を忘れてはいけません。
92年のソ連邦崩壊以降、各国共和国として独立し、
各競技とも冬の時代と言われました。
ところが、実際には共和国で最大級の領土を持つロシアが
ソ連の流れを引き継ぎ、ベラルーシやウクライナ、カザフスタンといった他の共和国を
大きく引き離し強豪国となっていきました。


 旧ソビエト連邦は1952年第15回ヘルシンキ大会からオリンピックに参加しました。
翌1956年メルボルン大会では男子20km競歩が登場、
その男子20kmでソ連は金銀銅メダル独占を果たしました。
競歩種目でのメダル独占は1912年ストックホルム大会の男子10マイルにおける
イギリスに続いて2回目ですが、このときは人数制限がなくイギリスだけで12名の選手が出場しており
メルボルン大会の男子20kmが、実質最初で唯一のメダル独占といって良いでしょう。

 1960年ローマ大会では男子20kmでゴルブニッツが金メダル、
ゴルブニッツは1968年メキシコ大会でも金メダルと
男子20kmでの2回優勝はただ一人の快挙となっています。
また1964年東京銅メダル、1972年ミュンヘン大会でも銀メダルと
実に4大会連続メダル獲得しており、ゴルブニッツは20世紀種目別のベストアスリートに選ばれました。
以前のブログでもゴルブニッツを取り上げました


 その後も1980年モスクワ大会で20km2位、50km3位、
1984年ロサンゼルス大会はボイコット。
1987年世界陸上ローマ大会女子10kmでストラホーワが初代チャンピオンに。

 そして、1988年ソウル大会ではイワネンコが50kmでは初の金メダルを獲得します。
イワネンコの3時間38分29秒はオリンピック記録(当時世界歴代2位)。
このレースでは50km史上もっともペースの上がったレースといっていいでしょう。
20kmを1時間30分後半で通過したあと、残り15kmからは5km20分40秒のラップを刻み
前半25kmを1時間52分台、後半25kmを1時間45分台となんと7分も上がるというペースを刻みました。


 記憶に新しい1991年世界陸上東京大会。
男子20kmはシチェンニコフがハプニングもあったが2位、
そのあとの女子10kmでイワノワが優勝、男子50kmでは世界記録保持者ペルロフと
ソウル4位のポタショフが台風の中、肩組ゴールインで金銀を分け合うというストーリー。
ちなみに東京で2位と判定されたペルロフは翌1992年バルセロナオリンピックで
見事雪辱の金メダルを獲得し、89年から90年にかけて20km、50kmで同時に世界記録保持者となりました。


 92年のソ連崩壊後は93年からロシアとして国際大会に出場。
シチェンニコフのワールドカップやヨーロッパ選手権(1994年)優勝。
1995年世界陸上イエテボリ大会の女子10kmで当時18歳のスタンキナが
世界陸上史上最年少優勝を果たし
翌1996年アトランタ五輪でも女子10kmニコラエワが金メダルと
とりわけ女子では世界最強の地位を確立しました。

 1999年世界陸上セビリア大会男子20kmでマルコフが金メダルのあと
2000年以降、男子は低迷します。
それもそのはずでまさにコジョニョフスキー(ポーランド)時代。
2000年シドニー五輪ではその年男子50km(スピツィン)、女子20km(グドコワ)と2種目で
世界記録を20kmを持って望んだものの、男子20kmでアンドレエフが銅メダルを獲得しただけ。
そのとき参加していた日本の選手によると、かなりのオーバートレーニングをしていたことが
目撃されており、焦った結果ではないかということでした。


 コジョニョフスキー時代の中、女子はイワノワ時代が展開されます。
2001年、2005年と世界陸上2回優勝(2003年もニコラエワが優勝)。
特に2005年ヘルシンキ大会は35歳ながら1時間25分41秒の現在も残る世界記録を樹立。
そんなイワノワも2004年アテネ五輪は2位と敗れました。

 記憶に新しい昨年の2007大阪世界陸上では女子20kmで22歳のカニシキナが優勝、
2位もロシアのシェミキナが続きワンツーフィニッシュ。
女子20kmでは2001年以来4連覇中ということになります。
このカニシキナ昨年、イワノワの世界記録に27秒と迫っており
今後世界記録更新の一番手となることは間違いありません。


 そんな次から次へと選手が登場するロシア。
女子は世界最強、やや男子は若い選手の台頭がなく低迷状態ですが
強豪国としてこれからも優勝候補に挙げられていくことは間違いありません。

 なお、今年の5月12日~13日にかけて、ロシア・サランスカでワールドカップ競歩が開催されます。





 



 
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2008/02/11(Mon) 23:52:53
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国が大きいと
ストラホーワとは懐かしい。やはり国が大きいと選手層が厚いのでしょうか。でもアメリカはもう一つですね。10kmの競歩の大会は結構あるらしいのですが。フイットネスとして根付いていると思います。日本も早くそうなって欲しいのですが。まだまだ一般的なスポーツとして認められていない特殊なスポーツとされています。普通の歩きと速度の差がありすぎるのもその一端かなと思います。時速14km以上で歩くというのが感覚的に一寸考えられないでしょうね。せいぜい時速5~7km迄でしょう。もっともっとウオーカーが増えてキロ7分台の人がジョガーと一緒に歩くようになればもう少し馴染む様になるかも知れません。早くそうなって欲しいと願いつつ歩く今日この頃です。
鈍足 2008/02/17(Sun)08:57:46 編集
無題
>>鈍足さん
そうですね。ロシアの場合は育てるプログラムがしっかりしているのでしょうね。以前の共産圏ではいろんな適正をコーチが見極めて選手を発掘していたと聞きます。キューバでは英才スクールでまず5種競技をやらせて総合面をみて陸上とかバレーボールとかをやらせていくシステムだそうです。
アメリカはウォーキング熱は高かったようで学校の授業で正しい歩き方を指導するそうです。また、ジョギングの神?的なジョギングを薦めた人が急死したらしくウォーキングが主流になっていたと聞きました。
じゃあ日本はダメかというとまったくそうではなく、日本にはインターハイがあり高校の部活が全国に存在するため選手の数が欧米と比べると非常に多いです。そのため選手発掘はしやすいとおもいますね。高校で燃え尽きてしまう選手も多いですがそれだけ人材は整っているはずです
rawk 2008/02/19(Tue)00:28:48 編集
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